
昭和初期。
3本に分かれていた長良川のようすがよくわかる。向って右から古々川・古川・現在の流路。

古々川・古川が締め切られて、現在の長良川の姿になったのは昭和14年のことである。

2枚続きの市街全景の内の1枚。右側の大きな建物は大正13年新築の県庁で、左手前のビルは商工会議所、その奥は市庁舎である。市庁舎の右上にあるのは昭和3年新築の岐阜市公会堂。昭和3年から5年までの間に写されたもの。

2枚続きの市街全景の内の1枚。中央を横断する家並は、江戸時代以来のメインストリート(御鮨街道)。左上の森は金神社。昭和3年から5年までの間に写されたもの。

スタンプは大正4年8月。金華山から北を向いて撮影したもの。長良橋はこの年5月に鉄橋に架けかえられたが、ここにはまだ古い橋が写っている。

大正9年の第1回国勢調査の宣伝ビラ撒布飛行のさいのもの。中央よりやや右下の建物が、この前年完成の岐阜市庁舎。

大正8年ころの航空写真絵はがき。

丸山からながめた、大正末から昭和初めころの市街風景。中央には小さく路面電車、左隅の楼閣は岐阜大仏の正法寺が見える。