
岐阜公園・長良川畔一帯を昭和11年に開催された会場とした躍進日本大博覧会の正門。現在の公園前バス停横入口と同じ位置。

会場内忠節用水を利用した鵜飼実演と、遊具をそろえた子供の国。跡地の一部は現在花木公園となっている。

現在の護国神社境内に建てられた水族館と逓信館。その右にみえる塔(中央)はラジオ館(右)のもの。

正面が岐阜県館、後方が岐阜市館。いずれも躍進を象徴するような塔を付設する建物がめだった。

躍進日本大博覧会宣伝用絵はがき。

躍進日本大博覧会宣伝用絵はがき。

躍進日本大博覧会宣伝用絵はがき。このほか、年賀用はがきもつくられた。

市内各所に分散した共進会場への案内図。大正天皇の銀婚式を記念して大正14年に開催された。

大正14年 大正天皇の銀婚式を記念して「岐阜市の実力をみせる」意気込みで開催された共進会の歓迎アーチ。

第一会場内の演芸館。左は朝鮮満蒙館。そのほか名古屋・大阪・九州の各地の館があった。

岐阜県物産館を利用した第二会場の入口。夜間入場券の張り紙から、夜も開会していたことが知られる。

第一会場内の子供の国。共進会ののち、公会堂がこの付近に建設された。

長良に移転した刑務所跡地を利用した第一会場の正門。左右の建物は売店。

大正14年の銀婚式奉祝国産共進会の第一会場本館。共進会の出品総数は8万点を数え、各会場に分散して陳列された。

元徹明小学校跡地を利用した第三会場の入口。農林館や特設会場があった。

今小町電停前の歓迎門。正面の通りを進むと第一・第二会場の入口に出た。

市制30年を記念して大正8年に内国勧業博覧会が岐阜市で開催された。これは、柳ケ瀬の元煙草専売局跡地の第一会場に作られた噴水。博覧会終了後、西側に映画館の衆楽館が建てられた。

矢野動物園の興行小屋。この博覧会の入場者数は15万人余に達し、大盛況であった。

空中飛行大曲馬館前の雑沓。見せ物に限らず自動車や蓄音機といった目新しい出品物も多かった。