展示内容 EXHIBITION

展示内容

以後の予定は順次追加します。 ◆観覧料:無料

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2020年8月4日(火) ~ 2020年9月6日(日)

岐阜の鵜飼 ~岐阜市の観光事業~

主に横浜で活躍した三溪ですが、生涯を通じて郷土・岐阜と関係を持ち続けました。食通でならした三溪は、鮎好きでもあり、茶会で長良川の鮎を出したり、鵜や鵜飼を題材とした絵画作品も残しています。
鵜飼は古くから、漁法としてだけでなく、文学や美術的題材としても親しまれてきた歴史を持ちますが、三溪が生きた明治時代以降は特に、観光資源として注目され、岐阜を象徴する風物としての地位を確立していきました。
観光誘致のため製作されたパンフレットなどから、岐阜市の観光事業の歴史をひもときます。

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2020年6月23日(火) ~ 2020年8月2日(日)

疫病退散!~伝染病と近代~

三溪が生きた明治から昭和の時代は、コレラや結核などの疫病(悪性の伝染病)が度々流行しました。人々は新しい治療法や「衛生」という考え方を受け入れる一方で、疫病を除く信仰も持ち続けました。
当時発行された雑誌や岐阜ゆかりの作家作品から、当時の疫病への向き合い方をご紹介します。

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2020年3月24日(火) ~ 2020年6月21日(日)

「小学校」の誕生と運営 ~柳津小学校の近代~

明治元年(1868)生まれの三溪は、明治時代の新しい教育で育った最初期の世代でもあります。現在の柳津小学校につながる尚友義校(*)(下佐波村)で初等教育を受け、日置江村の三餘私塾、大垣の鶏鳴塾などで学び、東京専門学校(現・早稲田大学)へ進学しました。
三溪が学んだ地元・柳津小学校の歴史をご紹介します。

(*)義校とは
学制制定(明治5年[1872])前後に愛知県や岐阜県に普及した簡易初等教育の学校のこと。民間有志によって設立され、明治7年以降、公立小学校に移行しました。
下佐波村では尚友義校、上・中佐波村では寄命義校、柳津村では澤言義校、高桑村では高鑑義校が創立され、後に統廃合を経て、現在の柳津小学校となりました。

 

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2020年2月18日(火) ~ 2020年3月22日(日)

明治大正のおひなさま

段飾りや親王飾りが主流となっている雛人形ですが、明治・大正のころ、岐阜を含む地域では、御殿飾りの雛人形や、嫁入り道具を模した精巧な雛道具が付属する豪華な物が流行していました。
三溪が生まれ育った青木家でも、三溪の姉と妹の健やかな成長を祈って、雛祭りを祝っていたことでしょう。明治・大正時代の華やかな雛飾りをご紹介します。

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2019年12月14日(土) ~ 2020年2月16日(日)

岐阜の焼き物

三溪が茶人として名をはせた当時、それまでの名物茶器にとどまらず、新しい焼き物を取り入れたり、茶人自ら作陶することが行われました。
岐阜でも焼き物が盛んにつくられ、なかでも金華山の麓で千歳窯を構えていた林晃三は、三溪園に招かれ、晃三の作った向付などが茶会に使われたこともあります。また岐阜では、茶陶にとどまらず土産品や記念品といった製品「金華山焼」がつくられました。
近代の岐阜で焼かれた焼き物をご紹介します。

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2019年11月9日(土) ~ 2019年12月13日(金)

近代岐阜の名所

三溪も目にしたであろう近代岐阜の風景を、名所図などから紹介します。

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2019年9月28日(土) ~ 2019年11月8日(金)

濃尾地震と三溪

明治24年(1891)10月28日に発生し、濃尾地方に甚大な被害をもたらした濃尾地震と三溪のかかわりについて紹介します。

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2019年8月17日(土) ~ 2019年9月27日(金)

加納鉄哉~古典へのまなざし~

三溪と同じ時代を生き、正倉院や法隆寺の宝物の模造など古典技法の習熟に努めた、岐阜市出身の加納鉄哉(1845~1925)について紹介します。

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2019年5月24日(金) ~ 2019年7月5日(金)

杏村の山水画

原三溪の祖父で、幕末の美濃を代表する南画家・高橋杏村(神戸町出身、1804~1868)の山水画を紹介します。

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2019年7月6日(土) ~ 2019年8月16日(金)

歴博コレクション~三溪の書画~

古美術収集家であり、同時代の画家たちを支援したパトロンであった三溪が、自ら描いた書画を紹介します。

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